インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

短編「ぬるい雨」

短編「ぬるい雨」


 新緑はしとど降る細雨に濁りを含ませ沈殿していた。大樹の枝先から零れる大粒のふくらみが、木々の葉から滴る小刻みなまるみが、帆のように浮かび漂う影を濡らす。憂鬱な光とともに遊ぶ風を湿らす。太い幹も細い幹も、肥えた土も泥濘もみな薄暗さに黒を纏って融和の色を湛えていた。すり抜ける重みを帯びた空気は整えられた隙間に滞ることなく縫い目を生やす。そして煉瓦の小道へ出れば明るさと雫が燦々と散りばめられた広場まで流れてゆく。
 気候麗らかな春、塗り替えの日。訪れる者誰もいない昼下がりの地そぼつ公園で、少女は軽やかに踊っていた。眉頭から足のつま先まで、身体の全てに精神を漲らせた乱れのない動力で跳ねる、跳ねる。額をつき出し腰を寄せ、目の奥を軸にし腕に伸びた羽を広げて廻る。煉瓦の上は踵をよく滑らせ、ステップを沈める。スニーカーの靴底に委ねた重心が弾けた音を幾度も立て、絶え間ない音を1ミリ先と競う。
 髪はたっぷり染み込んだ墨汁から画かれ、なだらかな肩から繊細な筋を通り顔や手指は柔らかな絹織物が波打つ。雨に覆われた世界に朱の兆しを入れた頬、麻の赤いワン・ピース。双眸は睫毛を深く繁らせるが、少女はずっと目を閉じていた。薄いまぶたに雨粒が乗って落ちる感覚が好きなのだった。それが縷縷として驚きをもたせると少女は笑みをこぼす。嬉しく思う。
 濃霧を映す中指がピン、と咲く。膝をへこませ右脚を一本の棒に姿を変え、景色に土をかぶす。ポーズはすぐさま躍動へと巡り、花弁のか弱さを手の甲に、猛獣の咆哮を太腿に迫真の力を入れて移り変わる。遠くにビル群、呼吸を正して大回転を、見えぬ生き様に見せつける。
 ぬるいのは体温か、気温か。少女の舞に連れて伝う輝きが反転させる世界は、潤って静かに息をする。数えきれないほどの鮮やかな緑が、水気を含んだ軟質の地上が、降り注ぐ飛沫が、気持ちを祝福へと誘う。情景などはなく、ただ生命のまにまに踊る。
 少女は目を開けた。世界が瞳に集約され、動き出して雲間が大きく割かれた。











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この作品は、「読む絵画」を目指しました。
まあ、難しい……。画竜点睛を欠く、といった感じです。読む絵画、もう少し練習を重ねます。






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