インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

落書き「描写」

描写



 懐に死んでいた煙草をつまみ上げて地面に投げ捨てた。貰い物である。誰もいない岸辺で一緒にいかだを作った男がくれた。フェロの何倍も手際良く働いて、ほとんどの材料を拵えてくれた。出来上がったものは今もまだあの岸辺にあるかもしれない。だが、煙草は要らない。

 ベストが軽くなった気がした。紺の、ナイロンの、無地のベストである。まだ母が手を引いてくれていた頃に、思い出せばそれも海の近くで、じっくり時間をかけて選んだものだった。よく見れば紺のような、上にふわりと乗せた海原の輝きのような色合いの繊維である。貼り合わせてある胸の内側には何でも入れてきた。万年筆、手紙、砕かれた貝殻、そして一本の煙草と。次は、何を入れて歩くのだろうか。

 反転して、鬱蒼とした、陽射し途切れる森の中。木々直線になだれ落ちる沈澱した影の先、小道の終わりにはまばゆい光が溜まっていた。フェロは解っていた、もうすぐ新しい世界が開けることを。岸辺から砂漠に、砂漠から泥地に、泥地から森に出る前に、荷物を整理しなければならなかった。メッセージ・ボトルも駱駝の毛も、古びたのみもこの場所には必要なかったから。そのようにして今もまた、森の外では不要な道具と拾いものを、土の中に埋めていく。フェロは転がった煙草を一瞥した。

 出るまでにあと五十歩もない。リュック・サックを下ろして次々と中身を出す。見返せば、ずいぶんと雑念を詰め込んでいたと思うほど多くのがらくた。何を考えて入れ、何を感じて握りしめたのか。つと顔を上げて振り向けば、望める景色はただ形を彷彿とさせるばかりでひとつとして記憶を語らない。

 痛みや憎しみも。フェロは奥底にあった石で切れた指を舐めながらゆっくり目を閉じ、深呼吸をした。優しい深緑の空気、それから風。この先は灼熱かもしれない、または粉塵にまみれているかもしれない。しかし、何もかもいつかはきっと忘れると信じることは、あまりに儚いなと強く瞑って苦笑した。

 瞳は彩の弧を描き、黙して再びしまい込むと、リュック・サックには半分もの空きができた。



















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