インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

短編「ぬるい雨」

短編「ぬるい雨」 新緑はしとど降る細雨に濁りを含ませ沈殿していた。大樹の枝先から零れる大粒のふくらみが、木々の葉から滴る小刻みなまるみが、帆のように浮かび漂う影を濡らす。憂鬱な光とともに遊ぶ風を湿らす。太い幹も細い幹も、肥えた土も泥濘もみな…

短編「窃盗犯」

短編「窃盗犯」 左足を強く打ちつけたが愚図ついている場合ではない。信乃は大股を開いて地面に手を付き体勢を整えると、すぐに下り道を疾走した。ワイドを映していたテレビの大音量が耳朶を揺らす、心拍を脅かす。呼吸が切れ切れになってそれが耳からとれて…

短編「明星」

短編「明星」 天井に穴を開けようと試みたが、脚立に乗っても手はおろか、針の先端さえ届かなかった。桃子は慎重に床に足を着き、母の裁縫箱に針をそっと戻して、自分の胸の辺りまで高さがある重い脚立を物置まで必死に引きずりながら、さて次はどうしようか…

厳選・短編八作品

ご閲覧ありがとうございます。 今まで書いた小説を厳選し、短編八作品を選びました。これを押さえておけばだいたい僕の作風を知れます笑。 では、お好きなものから、ごゆっくりどうぞ。 1 短編「早朝」 2 短編「十五」 3 短編「時間」 4 短編「新湯」 5 短編…

短編「純真」

短編「純真」 いつの間に太くなって、いつの間にひび割れてしまったのだろう。男はベンチに座り、自分の指をさすりながらそう思った。五本の先端はどれも白く硬化し、関節には赤い筋がいくつも刻まれている。こんなに酷くなるまで、一体何があったのか、全く…

短編「目糞」

短編「目糞」 駐車場から坂の上を振り向けば、連なる山々には煙雨が立っている。雲の流れに沿ってひだ状に濃淡を織りなす自然の陰影は、明るさがなくともくっきり見える。頂は薄暗く、すべり落ちるほど鮮やかに爛れる。ジャンパーのポケットに片手を突っ込み…

短編「夢寐」

短編「夢寐」 揺蕩う意識の水面に重たい石の嘆息を落とし、浮かび上がってきた泡沫の声。隼は純白のシーツをこぶしの影で汚していることに気付かない様子で、掴む力をいっそう強くし鼻を鳴らした。ブタみたい、と頼子は思った。実際、呟いたらなにもかもが消…