インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

短編「明星」

短編「明星」


 天井に穴を開けようと試みたが、脚立に乗っても手はおろか、針の先端さえ届かなかった。桃子は慎重に床に足を着き、母の裁縫箱に針をそっと戻して、自分の胸の辺りまで高さがある重い脚立を物置まで必死に引きずりながら、さて次はどうしようかと考える。カーテンは開けた、悲しそうな自分の顔と室内ばかり映って駄目だった。外にも出た、見上げるほど大きな車が怖くて、すぐにドアのうしろへ引っ込んだ。家から出られないとなれば、天井を覗けるようにしたい。それくらいしか考えられなかったが、桃子の精一杯の考えは失敗に終わった。悔しくて涙が滲んだが、片付けをしなければ怒られてしまう。
 引き戸を開け、倒して押し込む。物置にはガラクタがたくさんあって、母や祖母が探し物をするたびに横目で盗み見ていたが、開けてみれば特に大したものは入っていない。本や紙類があふれるほどたくさんあり、奥には扇風機、使わない電気ストーブなどが慎ましく眠っていた。絵本で見た宝石や、母に読み聞かせてもらったお話しに出てくる不思議な世界はどこにもなくて、桃子は早々に戸を閉めた。
 部屋に戻れば、いつも通りの夕暮れ時。豆腐屋と灯油宅配の音色がそろそろ聞こえてくる頃だ。桃子は時計が読めないので、いつもカーテンから差し込む西日の色の強さで時間を判断していた。部屋がほとんど真っ暗になっても、まだまだ母は帰らない。電気の紐をパチコパチコといじって、少女はまた思案に暮れる。周りを見渡しても家の構造を思い出しても、あまりこれといった方法は浮かばないのだった。天井の木目が色を変えて、空の名残を見せる。
 桃子はもう一度電気の紐を引っ張った。パッと明るくなって、いつもの誰もいない家が、唐突に寂しくなってきた。小さな絶望。努力をしても、報われないことがあると身を持って実感したのは初めてで、その感覚が言語化できない桃子は不安に襲われた。一番美しく輝く、あの星が観たい。いつ観たのか忘れたが、母と祖母が教えてくれた強く光るあの、星。
 誰にも内緒で独り占めしたいという思いが勇気に変わり、努力を成し遂げようとした勇気が絶望に変わった。桃子は、鼻を啜った。今日もまた、同じ夜?一人っきりの夜?考えても、時間ばかりが過ぎてゆく気がした。行動を起こしたことは、大きな事件なのだった。
 桃子は居ても立ってもいられなくなり、部屋を出た。なぜ自分の体がこんなにも熱くなっているのか解らなくて、とかく座っていた場所から逃げ出したくなった。そしてキッチンを横切り玄関に座って、大人用のサンダルを履くとおぼつかない足取りでドアを開けた。大きな車は、今はどこにもいない。
 太陽が蒼碧を乾かし、雲を置き去りにして引きずり込んでいった。それまで荒ぶっていた強風は日没に連れぴたりと止んで、雲の流れは霞のように薄く広がっては月光に消えゆくのだった。




















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