インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

擱筆「未知のアンサー」

 タイトルを掲げてから約三週間、とてもじゃないが、書けなくなった。何を表現したいのかも、よくわからなくなった。芸術家においては、そんな理由で断念にするなんてよくあることだ。だが僕は無念でならない。
 美しい言葉を散りばめた。未完成のままだが、失敗の参考程度に読んでいただきたい。ちなみにタイトルは、恋愛のストーリーに繋げようとしていたそのオチの意味である。




未知のアンサー


 思考は先を急き、縁の中は輪郭を引きずる。過ぎれば、すぐに忘れる。陽の光染み込んだ淡い桜に鼓動が跳ねても、遠いフェンスの内側、ありふれた老木の満開をしばらく眺めたら、帳を開けた幼い頃の記憶が気まぐれに顔を出す。入学式までに、間に合うのかしら。ただ、一枚張りの校舎と広い敷地を瞳の上で滑らせただけで、莉子は知らない子どもたちの微笑を徒らに想像する。すぐに、無機質な工場の形がそれをさらう。
 曇天は、匂いを醸さない。音を震わせない。だから雨の気配はない。そう確信できるほど、空は高く、真っ直ぐに突き抜けていた。実際には五感のいずれをも触れていないが、通り過ぎる景色は平坦な無表情を隠さない。切迫を叩きつけて展望すれば、連なる青黒い尾根には、頂にポツポツとほのかな色がかかっている。寒暖混じり合い、溶かし合って出来た霞が、平地とその奥の境があることをくっきりと示している。畑も野山もひとつとして同じ色はないのに、春風が駆け抜けてこの地を塗り替えていったと思えてならないのは、遠方がどこまでも暈されているからか。
 素直に透き通る明度は地上に平等に広がる、ゆえに車内は薄暗い。莉子は斜め向かいの、人のいないボックス席の窓を二人掛けから見ている。乗降車のアナウンスが律儀にしゃべるのと、軽快な滑走音だけが聞こえ、周囲は誰も声を発さない。まるでボウルの中に座っているみたいで、心地が良かった。
 民家が近づき、竹やぶに襲撃されて、間もなく肥えた森林に入る。やや速度が上がり、佇立する木々をかすめていく。距離縮まるものは目も留まらないが、影の隔たり越えて、ふっくらと隆起した斜面には、濡れた巨大な葉や倒木が土塊と化しているのがかすかに見られる。幾つもの太い幹の間をすり抜けた一条が広く照らしているにも関わらず、地帯はすべてが黒く、硬質だった。その、逡巡でも停滞でもない時間の澱みは、再び日の舞い込むまで追ってきた。(擱筆










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