インクと爪跡

不器用にあつめた刹那の花束

薄字の題名

 文章、あぁ。
 止めることは容易くて、継続することもまた、容易い。たった、それだけだったなら。生まれる時代を間違えなければ、僕は紙と鉛筆を持って、地球の底に溺れるだけだったろう。それがどんなに美しい史実となったか。誰にも知られない、淋しくて嬉しくてたまらない結末を迎えたか。
 拝啓、愛しの書き物。僕はあなたを生涯の妻であると解っていながら、悪癖ばかり吹き出す身体が暴れるのをただ眺めているばかりです。肉欲、我欲、自尊心、誤った矜持。これらを僕は、意思の弱い馬鹿な僕は、あまりに強い快楽に惑わされるまま振り回しています。僕はあなたに出逢わなければよかった、とさえ悔やむのです。あなたと契りを交わさなければ、今頃はお互いに苦しむことはなかったでしょう。
 僕はあなたには、恩しか感じていません。
 地上から月を眺める。それひとつさえ、この瞬間を懸命に生きる他の人間よりも、様々な独創を思考に生み出せている確信がある。しかし自分が創造者であると気付いたのは、全く別の状況で深い傷を追った最近だった。それまではひたすらに目の前だけを見つめて何かを作っていた。要するに僕は、ものすごく鈍感で、阿呆で、盲者なのだ。
 洗濯物があるから、そろそろ擱筆しなければならない。そう思う。涙が出そうになる。僕は今夜も出て行ってしまったあなたを想い、忘れて、無聊の生々しい生活に沈んでいく。しなければならない行為が、活動が、全く意味を成さずにたくさんあるから。
 いや、あなたのもとから出て行ったのは紛れもなく僕だ。では一体、ここは何処なんだろう。









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